
今年初めて取組んだ 「無施肥無農薬栽培水田」を通じて 学習したことをまとめて
診ました。
無施肥栽培に取組んだ理由
1. 有機栽培を続けると 元肥投入資材を減らす必要が出てきた。
2. 昨年 6月末ごろから葉色が落ちてきた有機田んぼに 食味重視の為、追肥
を施さなかったが 8月になってから葉色が濃くなった。
3.追肥を削除した結果、カメムシなど病害虫のリスクが大幅に減ったが 思っ
たほど減収しなかった。
4. 有機農業推進法が成立し 将来有益な資材の確保が難しくなるかも知れない。
取組んだ結果
1.トロトロ層形成のための元肥や抑草ペレットを使用できないため 田車を4回
掛けたが抑草は完全に失敗した。
(株間の除草対策を一切しなかったため コナギ畑になった。)
2. 初期茎数確保が難しい。(マット苗による有機水田の場合50株/坪が良さそ
うだが 無施肥の場合60または70/株が良い)
3. コナギ畑になったため、稲に障害が出るまで田んぼを干した、コナギはほぼ
完全に消滅した。
4. 出穂期をはさんで干したためか 収量は4.7俵/10aぐらい
僕の結論
有機栽培の資材量の目安が 「腹八分目から六分目」になった。
有機栽培といえども 施肥による増収分は リスクの拡大と品質を犠牲にした収量かもしれない?
無施肥栽培は 抑草技術を極めれば経済的に成り立つかも知れない。!?(今の
僕の技術レベルでは難しいが。)
このような感じです。 当然無施肥栽培は続けますが 面積を拡大するべき
か、かなり悩んでいます。
有機農業を進める中、苦しいことが多い日常ですが、ときどきうれしいことがあります。
お客さんからの電話です。
「知人のところにも、お米を送ってくれますか?」
お話を聞き進めると、
お客さまの知人は、有名な米産地の比較的高価なお米を契約購入されていたのですが、
たまたま、遊びにこられた際に僕の育てたお米を食べて、おいしさに驚かれたようです。
僕にとってはうれしいお話ですが、たまたま僕のお米がおいしかった???
ところで、農家のだれもが「自分のお米が一番」と思っているのですが、僕はちがいます。
本当においしいお米は、世の中に沢山あります。 平成二年のことです、「新潟県南魚沼のコシヒカリ」を頂きました。お米を生産する農家として強烈なショックを受けました。
「本当に、お・い・し・い・!」
まず、ツヤがあり、とても良い香り、噛めば噛むほど味がある。
体に電気が走りました。
この衝撃が、ぼくの「おいしさへの挑戦!」の、始まりになったのです。
まずは自分のお米の実力調査です。 全国にいる生産仲間から試食用にお米を取り寄せ、スタッフみんなで ごはん、ゴハン、ゴハン、・・・
そこで最初にわかったのは、一般に知られるお米のブランドが意外にあてにならないことです。
ブランド的に当時あまり目立たなかった「長野県」のお米がおいしかったり、
おいしいはずの「○○県コシヒカリ」が、お値段が高いだけで、全然おいしくなかったり・・・・
次に、お米はなぜおいしくなるのか・・・?
水、土の質、気候、農家さんの思い入、技術、ets,,,,
それをひとつ,ひとつ、分析解明し、自分で改善できること、出来ないこと、(気候はどうしようもない)
に分けて、出来ることの実践を始めたのです。(詳細は企業秘密)
「あれからもう15年!」
一番苦労と時間がかかるのが 土を育てることです。
栄養価が多い土は、収穫量は多いのですが、味が上がりにくくなります。
田んぼの土の栄養の量は、どうも一般の半分ほどがよさそうです。しかし栄養価が少なくても、微生物の構造が安定し活発であることが大切なようです。
むずかしい話になってきましたが、簡単に言えば 「田んぼの土を食べて、おいしいか?」
一般の田んぼの土は口にすると 「苦い」 しかし、健康的に育った田んぼの土は口にしてもいやな刺激がなく 甘くなります。
この土の条件の上で細かな努力がプラスされ、おいしいお米が育つのだと僕は考えています。
まだまだ自慢できる味には到達していませんが、お客さまの声をお聞きする中で、少しは食味が向上しているようです。
この挑戦課題は 「一生もの」のようですね。 中道唯幸
僕と有機農業
戦後の日本農業の近代化の名の基に、化学肥料や農薬が急激に普及し、多く農民はその恩恵をうけ日本中に豊かな食料を提供してきた。一方、僕やおやじの様に農薬中毒で苦しむ農民も無視できなくなってしまった。自然環境とかかわりの深い農業が、化学合成物質に頼り過ぎるのは、「いかがなもんだろう?」
その様な中20余年前から、まずは自分自身の身の安全のために始めた「農薬減らし」が、化学物質によるアレルギーに悩む人々から多大な支援を頂くようになりました。
また、有機農業がキーとなり新たな人との出会いが、いまの僕の栽培技術のみならず、充実した人生の根源となっています。
有機農業技術の普及
「有機農業推進法」を成立させた土台のひとつとなる高度な技術を、手際よく一般農業に普及させ有機農業の恩恵が農民のみならず、一般国民にいき渡るよう努力しなければいけないと考えています。
滋賀県野洲市では平成19年「環境条例」が策定され、有機農業の重要性を認識、これを具体的に進めるための、農民の自主的な有機農業の技術交換学習会を開始し、環境と農民の健康に配慮し、かつ消費者に自信を持ってアピールできる「より安全でよりおいしい」農産物の生産に取組む計画が進んでいます。全国でこのような活動が広がることを節に願っています。
有機農民が主導権を確保
有機農業は、我々農民の先輩や先生方の永年に渡る血のにじむような努力の結晶であり、現場で日々努力する農民の技術です。僕は現場で努力する農民とそれを食する国民のための権限を持ち続けなければいけないと強く思っています。
現代に生きる私たちは、農業に限らず先人たちの努力を認識し、かつ、未来のこどもたちにツケを回すことのないよう、今できることを積み重ねなければいけないと僕は決意しています。
「有機農業2.0時代」の到来 技術偏
今まで有機農業が普及しなかった理由のひとつに「技術公開の壁」があったのです。
早くから高度な有機農業技術は、全国に点在していたのですが、農家としては「自らの骨身を削って築き上げた高度な技術」を簡単に公開することができなかったのです。
しかし、これではいけないと気づいた先輩先生方が、さかのぼること30年、全国の先進技術をもつ有機農家を一軒一軒周り、技術の公開と、田畑の学術調査の協力を申し出たのです。 また、新たに賛同する志高い農家がさらに技術を磨き上げてこられました。この地道な積み重ねが今回の「有機農業推進法」を成立させたのですね。
2.0時代の到来
先輩先生方の技術は、おおむね解明され学会などで公開されていますが、近年の技術の進歩がめまぐるしいのです。その一例として、科学分析技術の発展が有機農業の発展に加速を付けることになるのです。
(比較表は、日立協和エンジニアリングの提供する資料です。 一般土壌分析と、X線回折による違いが明らかにわかる。)
工業界で進化した最先端機器で分析した場合、いままでの日本の土壌学が揺らぎはじめ、一方で有機農業の解析には多大な貢献を始めているのです。
一方、残留農薬の解析に関してもめまぐるしいものがあります。
一例として霜多ファームさんは自ら、残留農薬分析装置と専任スタッフを確保、農場から出荷する農産物を残留農薬のチェックをしたうえで出荷している。
さらにこのような有機農家を支援し、より安全な農産物を提供しようとする デリカフーズ株式会社さんの取組みもすばらしいと思うのです。
科学の発展があってこそ、21世紀の「農薬に頼らない有機農業」の発展があり、自然と共存できる社会が築けるのだと確信しています。 中道唯幸
「有機農業2.0」時代の到来 パート1
1月27日と28日は、いつもお世話になっている民間稲作研究所の10周年記念シンポジュウムに参加。
やはりいつものように 食事時間はもちろん寝る時間を惜しんで有機農業の技術や哲学についての意見交換です。日ごろメーリングリストで情報交換はしているとはいえ、実際に皆さんにお会いしてのお話はとてもたのしい! 時間が止まる。
シンポの内容として 「有機農業推進法成立」の立役者「ツルネンマルティー」国会議員から、成立までの苦労と法令の意味を 説明いただいた。
国や行政は「有機農業」を進めるために、我々農民に協力しなければいけないことになった。農民牽引型である。いままでさんざん有機農業の邪魔をしてきた国をみれば、我々にとって夢のような法律です。
今回の出来事は、「当たりに安全な農産物を食する権利」を一般消費者「国民」は、やっと手にしたことになるのです。
「なぜ、有機農業が普及しないのか」「国は今まで認めたくなかったのか」この答えは 簡単です。
「有機農業が普及すると、農業で使う資材の流通が根底から崩れてしまう」からですね。 「地球環境より、国民の健康より、国の経済は大切」ですからね?
このような経済の構図は悪循環です。
今回のシンポジュウムで「コウノトリ」で皆がご存知の 豊岡市市長にも公演いただいた。 さずが市長だけあって、前段ではしっかりと豊岡市の観光宣伝をしておられた。
しかしこれが環境に配慮し、それが経済を活発にする実例の一つなのですね。環境に重視した街づくりが、環境に意識の高い企業が集まり、産業が活発になり、当然税収が増える。
「コウノトリ」のためだと取り組んだ有機農業が普及すればおいしく安全な食材を求めて町から「買物ツアー」を組んでたくさんの人がやってくる。
とてもすばらしい実例です。
現在、野洲市の環境条例の策定に コーディーネーターとしてお世話になっている「環境市民」の方も 「豊岡市」出身で、多大なお力を頂いている。
「有機農業、新時代」が来た。
有機農業2.0時代 パート2 技術偏は次回!